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長崎地方裁判所 昭和31年(モ)722号 判決

申立人 中尾浦一

〈外一八名〉

以上十九名代理人弁護士 古賀野茂見

被申立人 香焼村

右代表者村長 鳥巣末作

右代理人弁護士 中山八郎

同 山中伊佐男

主文

一、申立人等の申立は、之を棄却する。

二、申立費用は、申立人等の連帯負担とする。

事実

申立人等は、

当裁判所が、昭和二十九年(ヨ)第一〇一号仮処分申請事件について昭和二十九年五月十九日為した、仮処分決定は、之を取消す、申立費用は被申立人の負担とする旨の判決を求める旨申立て、その理由として、

一、被申立人は、申立人等(但し、福島徳蔵はその後、死亡したので、その相続人が、その権利を承継した)の共有に係る二百八筆の土地が、訴外川南工業株式会社の所有に属し、且被申立人は右訴外会社に対し、租税債権を有するものであるところ、右訴外会社が、その所有権を行使しないので、右債権保全の為め、右訴外会社に代位してその所有権を行使する必要があると主張して、当裁判所に対し申立人等(但し、福島徳蔵は当時生存中)を相手方として、右土地について、仮処分の申請を為し、昭和二十九年五月十九日申立の趣旨に掲記の仮処分決定を得た。

二、仍て、申立人等(福島徳蔵は、当時既に、死亡して居たので、その相続人が、その承継人として、同人に代つた)は、当裁判所に対し、被申立人を相手方として、起訴命令の申請を為し、当裁判所は之を容れて、昭和三十一年十一月十六日、起訴命令を発し、被申立人に対し、その命令の送達された日から十四日の期間内に、本案訴訟を提起すべき旨を命じ、被申立人は、之に基いて、その期間内に、本案訴訟を、本案裁判所たる同裁判所に提起した。

三、併しながら、右訴は、不適法な訴であつて、而も、その補正が許されないものであるから、所詮、却下を免れ得ないものである。従つて、それは、結局、訴の提起が無かつたに等しいことになるものであるから、右訴が提起されて居ても、本案訴訟が提起されたことにはならない。故に、被申立人は、右命令の定めた期間内に、本案訴訟を提起しなかつたことになるから、申立人等は民事訴訟法第七百五十六条によつて準用される同法第七百四十六条の規定によつて、前記仮処分決定の取消を求めることが出来る。

四、被申立人の提起した前記の訴が、右の様な訴であると言ふ理由は、以下の通りである。即ち、前記土地は、前記の通り、申立人等の共有に属するものであるから、前記訴外会社にその所有権があることを主張して為されるところの、その行使の為めの訴は、それが、本人によつて為される場合であつても、又、第三者によつて本人に代位して為される場合であつても、当然に固有の必要的共同訴訟となるものであり、従つて、その訴に於ては、その共有者全員を、共同被告としなければならないものであるところ、被申立人の提起した右訴は、共有者の一人たる申立人小川締一を共同被告として居ないのであるから、それは、不適法な訴であり、而も、固有の必要的共同訴訟に於ては、訴提起の時に於て、当事者に関する適法要件を具備して居なければならないのであつて、その提起後に於ての補正は許されて居ないのであるから、被申立人の提起した右訴は、その補正を為すことの許されて居ないものであり、従つて、被申立人の提起した右訴は、結局、補正を許されないところの要件の欠ある不適法な訴であるから、所詮、却下を免れ得ない訴である。

五、仍て、前記仮処分決定の取消を求める為め、本件申立に及んだ次第である。

と述べ、

被申立人の主張に対し、

被申立人が、その主張の訴状訂正の申立を為したことは、之を争はないが、その様な申立が為されたからと言つて、訴状の補正が為されたと言ふことにはならない。何となれば、その主張の様な訂正は新な訴の提起となるものであるから、訴状の訂正を以てしては之を為すことが許されないからである。

と答へた。

被申立人は、

申立人等の申立を棄却する、申立費用は申立人等の負担とする旨の判決を求め、答弁として、

一、申立人等主張の仮処分決定及び起訴命令のあつたこと、及びその命令の定めた期間内に被申立人が、本案訴訟を提起したことは、之を争はないが、申立人等主張の土地が、申立人等の共有であること、及び被申立人の提起した本案訴訟が、申立人等主張の様な訴訟であつて、その訴状に、その主張の様な不適法な点のあることは、孰れも、之を否認する。

右本案訴訟の訴状の当事者の表示中に、被告の一人たるべき申立人小川締一を除外して居る事実は全然ない。

二、尤も右訴状の当事者の表示中に、被告の一人たる右申立人小川締一の住所のみが記載されて居て、同人の氏名の記載が脱落して居ることは、之を争はないが、これは、全く、記載の脱落であつて、その記載を除外したものではない。このことは、右小川締一の住所の記載されて居ることと、その次に記載してある被告が、その氏名のみで、その住所の記載のないこととから見て、明瞭なところである。而して、斯る場合に於ては、その記載の脱落の補正は、当然、之を為すことが許されて居るものであるところ、被申立人は、昭和三十二年一月十日書面を以て訴状訂正の申立を為し、その補正を為して居るのであるから、之によつて、右脱落は補正され、前記訴状は、その記載要件を具備した訴状として、適法且有効な訴状となつて居る。従つて、本案訴訟は、適法に、係属して居るから、申立人等の本件申立は、その理由がない。

三、仮に、右脱落が、当事者間の表示を欠くことになるとしても、前記本案訴訟は、固有の必要的共同訴訟ではなく、通常の共同訴訟であるに過ぎないものであるから、右小川締一が、その被告として表示されて居なくとも、それに被告として表示された全員に対する訴状としては、適法且有効の訴状であるから、訴の提起として有効なこと勿論である。従つて、その表示された被告全員に対する関係に於ては、適法の訴提起が為されて居るから、右小川締一を除くその余の申立人等の本件申立は、その理由がない。

と述べた。

理由

一、按ずるに、民事訴訟法第七百四十六条第一項の規定の準用による起訴命令に基いて為されるところの訴の提起は、その提起が為されさへすれば足るのであつて、それによつて提起されたところの訴が適法なるそれであると、不適法なるそれであるとを問はないのであるから、訴の提起がある限り、それによつて提起された訴が、よし、不適法であつたとしても、右法条に言ふところの訴の提起となること勿論である。然るところ、申立人小川締一を除くその余の申立人等に対し、当裁判所の起訴命令に基いて被申立人から訴の提起のあつたことは、当事者間に争のないところであるからその提起された訴の適否如何に拘らず、同申立人等に関する限り訴の提起があつたことになること勿論であつて、従つて、同申立人等の申立の理由のないことは、多言を要しないところである。

二、而して、当事者間に争のないところの、申立人等主張の者等が、本件仮処分決定の被申立人とされて居り、又、申立人等が本件起訴命令の申立人とされて居る事実、及びこの起訴命令に基いて、右訴が、被申立人から、提起された事実並に被申立人からその主張の訴状訂正の申立が為された事実と弁論の全趣旨とを綜合すると、被申立人は、右起訴命令に基いて、本案の訴を提起するについては、その申立人全員に対し、右訴を提起する意思であつたところ、その訴状の作成に際し、その全員の中前記申立人小川締一一名のみについては、その住所を記載したのみで、その氏名の記載を為すことを脱落し、之に気付かずして、その脱落のあるままで、右訴状を当裁判所に提出したこと、及びその後、右脱落のあることに気付いて、右訴状訂正の申立を為し、以て、その訂正を為したことを認定することが出来る。

右認定の事実によると、前記訴状の当事者の表示に、前記小川締一の記載を欠くことは、その記載を脱落したものであると認められるのであつて、而も、訴状の記載に斯る脱落のある場合には、その補正を為すことが許されるものであると解せられるところ、その補正の為されたことは、右に認定の通りであるから、右訴状は、之によつて、右小川締一に対する関係に於ても、訴状としての形式を完備するに至つて居るものと言ふべく、従つて、それは有効な訴状であると言はなければならないものであるから、同人に対しても、訴の提起があつたことになること勿論である。故に右申立人小川締一の関係に於ても、その申立の理由のないことは論を俟たないところである。

三、以上の次第で、申立人等の本件申立は、結局、理由がないことに帰着するから、その申立は、棄却されることを免れ得ないものである。

四、仍て、申立人等の申立は、之を棄却し、申立費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項但書を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

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